hくんへ

今日はhくんの月命日だね。
何か食べたいものはある?
何かやってほしいことはある?


毎日、ご飯をお供えして、花も定期的に新鮮で美しく明るいものをhくんの傍らに置いているけれど
月命日は他に何をしたらいいのかな?
いつものように心に語りかけてほしいな。
「かあちゃん、あれほしい、ここ行きたい、あれも食べたい。」と。


今日はね、k市のおばあちゃんに電話したよ。
実は先週、電話で話をしたときに、おばあちゃんからの心無い言葉にイラっときて連絡するのを控えてたんだけど、やっぱりそれはいけないな、って思って連絡してみたの。


そしたらおばあちゃんね、hのこと、
「自慢の孫だったよ。」って。


イケメンでスタイルよくて、賢くて優しい子。って。
親よりも、いろんなことわかってて、人の立場を思いやってくれる子だった。
押しつけでも口先だけでもなく。
kくんも言っていたのよ。
「あいつ、友達を作るのがうまくて、俺たちも知らない友達がたくさんいたけれど、必ず俺らのところに戻ってきてくれるやつだった。」と。


私たちだけじゃなく、みんなに愛されていたと思う。
hは自慢の息子です。
小さなころからずっとね。


声を聴きたい。
休日に「ちょっと寝るから、19:00頃起こしてもらっていい?」ってお願いしたら
19:30頃だったかな、やさしい声で「かあちゃん、かあちゃん」って起こしてくれた。
それから夕ご飯作って二人で食べた。


休日にスーパーからhへ電話して「何か食べたいものある?」って聞いたら、
「ポンデ・○ングおねがい!」って。
買って帰宅して、二人で食べた。


声を聴きたい。
一緒にご飯を食べたい。
一緒に猫ちゃんたちの面倒を見たい。


幼いころの無邪気な笑い声は今でも鮮明に覚えているよ。
もちろん泣き声もね。


私の頭の中にある、hくんの思い出をすべて映像化したい。
映像化して何度も見たい。


hくんは、大切な大切な宝物。
ギューって暖かく抱きしめたい。


時間

明日は月命日。
とても長い時間が経過したように錯覚するが、4か月が過ぎている。


どうしてこんなに長く感じるのか、少し考えてみた。
感情の起伏の激しさと、心の変化が激しいから、なのかな。

身を裂かれるような悲しみと虚しさ、hくんが決断したときの苦悩、決行したときの苦しみを思うと頭がおかしくなりそうだった。
今でもそれは変わらないが、そのことに思いふける時間が少なくなってきているのを感じる。
顕著に感じたのは、先日お線香を上げに来てくれた一番の友達のkくんの言葉を聞いてからだ。


「hは誰かに心配されることを一番嫌がるやつだったから、ただそばに寄り添って毎日を生きています。」


hがいない悲しみではなく、hの思い出、存在を思いながら日々を送るようにしている、ということ。


今までの4か月、いろいろな人が来てくれた。
私の話をただ黙って聞いてくれた人。
自身の辛い思い出をカミングアウトして痛みを分かち合ってくれた元同僚。
もう涙が出ない、辛い、私は冷たい母親なのか、との問いに
「いつも心が泣いてるじゃんか!」と涙を流してくれた友人。
ひたすら、差しさわりのない話をしたり、どこかに連れ出してくれたり、私の安否を気にかけてくれる友人。


そして辛いのは同じなのに、毎日明るく仕事の話をしたり、日常の会話を一生懸命発して、寄り添ってくれている元主人と長男。


「周りの人たちに生かされている」


あのね、hくんでしょう?
hくんがそのようにさせているんでしょう?と問いたい。


一番つらかったころ、落ち込んでどうにもならなくなると、hくんが大事にしていた猫たちが慰めに寄ってきてニャーニャーとじゃれてきてた。
スーパーの帰りに、「もうhのところに行こうかな」って思いながらトボトボ歩いていると、偶然、心配してくれる友人とバッタリあったり。


他にも思い当たることがたくさんある。


台所に立っているとき、トイレにいくとき、お風呂に入るとき、そういう行為をしながらも悲しみがあふれると「母ちゃん、ごめん」っていう明るくて軽めの声(空耳?)が聞こえる。


ご飯、お菓子とかを用意すると、「母ちゃん、コレも食いたい」って無邪気な声が聞こえる。


昨日お線香上げに来てくれた友人にそういう話をしたらね、
「空耳じゃないと思う。」と自身の亡くなったお母さまの不思議な話を聞いたんだけど、
やっぱりあの世はあるの?


フラッシュバックはあるけれど、それも形が変わってきているんだよ。
悲しみと苦しみが100パーセントだったけれど、それが今は「hの今生の最後だから忘れてはいけない」って思えるようになったんだよ。


かあちゃん、強いよね?
がんばるよ!
いつかお迎えがくるその時まで、精一杯がんばるから見ててね!h!
できればhも私の体の中に入ってきて一緒にがんばりたいけれどさ。


向こうで逢えたら、hの明るい声で「おつかれ!」って聞かせてね。

遺してくれたもの

あの夜はね、気が動転してて
hくんを助けることでいっぱいだったんだ。


だから部屋の中にあるものを見る時間もなくて
hくんからの最後の手紙とか、hのスマホを警察から長男に引き渡されて…。


私宛の手紙は、まるで今生の別れではないように
「k(hの友人)に連絡してね。hの母です、っていえばわかってくれるから。
それと、kに「今までありがとう」って伝えてね。」


家族宛ての手紙は、猫たちの飼育で気をつけることや、「自分が旅立つのは両親のせいではない、今まで育ててくれてありがとう。」


兄貴宛ての手紙には「母ちゃんをよろしくね。これからの人生を楽しんで。」


離婚してるのに、まるでこのあと、私と猫2匹が父親と長男の元に戻るのが前提な内容で。
身を裂かれるくらい悲しかったけれど、仕事も辞めてしまったけれど、たぶんhくんが予測していたとおりに、暮らしていた部屋を出て、戻ってきたけれど。


年明けから父親の会社を手伝うことになる予定だよ。
でね、hくんは暮らしていた部屋が空いていることを心配してると思うのだけれど、
いろいろ事情があってね、おばあちゃんが住むことになりそうだよ。
よかった。
あの夜を思い出して辛くてあまり行けなかったけれど、明るいおばあちゃんが住んでくれたら、私もちょくちょく遊びに行けるし姑孝行できるし。
hくんも一緒に遊びに行こうね。
私も一生懸命働いて、ローン完済して、いつか私がおばあちゃんになったらまた、hと暮らした部屋で生活したい、って思えるようになったよ。


正直にいうと、今でもhの元へ行きたいって衝動的に思うけれど、
生きていかなくちゃいけないよね。


ひとつだけ教えてほしいの。
最後の空白の4時間、何があったの?
誰かと電話か何かで話をしたの?
たまに深刻な雰囲気で敬語で電話していた相手は誰なの?
何か、脅されていたの?そんなことはない?
当日昼下がりに、hがsnsでたわいない会話をした友達もね「最後に話をしたのは誰だったのか、きっと何かがあったはず。」と強く疑問に思ったらしいの。


いつか…夢でもいいから、教えてね。

あの日に戻れたら

hくん、あの日あの朝に戻れたら…私が仕事を休んでいたら…
そしてhの内に秘めた思いを知ることができたなら…


「もう、大丈夫だよ。大丈夫、大丈夫、変なこと考えないって!」という満面の笑みを少しでも疑っていたら…


そしてあの日、仕事を早退してhくんが意を決して行動に移した直後に帰宅して
未遂に終わっていたら…


今も一緒に生きていてくれたかな。



去年冬、私の元にきてくれて一緒に生活した日々はとても幸せだったよ。
hの友達から子猫ちゃん2匹譲ってもらって、一生懸命育ててくれて、
私が疲れていると、洗濯掃除してくれて、仕事の愚痴を聞いてくれたり、友達との笑い話を聞かせてくれたり、
質素な生活だったけれど一緒に食べるご飯は何倍もおいしく感じたよ。
ぬか漬けも毎日よく飽きずに食べてくれて。


バイト先でも仲間ができて、飲みにいったりするようになってきて。
3日前には中学時代からの友達3人遊びに来て、楽しかった話を聞かせてくれて。
2日前にはm(長男)が遊びに来てご飯一緒に食べて。


純粋な笑顔と明るい声…
その裏に、深い悩みをまだ抱えていることがわからなかった。


私の元に来た頃、悩みを打ち明けてくれたときに、
少々強引にでも病院につれていくことをしてあげたらよかった。
hが嫌がってもつれていくべきだった。


本当にごめん。最低な母親だ。
息子の危機を察知できなかった最低な母親。
20歳になってまだ3か月。
離婚して4年が過ぎた夏。
幼いころから、本当に可愛かった。
強く優しい。友達も多かった。彼女もいた。みんなから愛されていた。
さりげない優しさを与えてくれる子だった。
誰にも言ったことはないけれど、本当に自慢の息子だった。私のすべてだった。


今はお互い違う処にいるけれど、いつか、、あと何年かかるかわからないけれど
迎えにきてね。h!